2017年 02月 15日
ひかりごけ(小説)
作品名:ひかりごけ
著者:武田泰淳
発行:1954年(昭和29年)
あらすじ:
雪と氷に閉ざされた北海の洞窟の中で、生死の境に追い詰められた人
間同士が相食むにいたる惨劇を通して、極限状況における人間心理を
真正面から直視した問題作『ひかりごけ』。
本作の構成は独特極まりないものである。
前半は天然記念物の『ひかりごけ』を取材しにきた「私」に、
地元の中学校長がペキン岬の惨劇の話を『おかしくてたまらぬ風に』話す。
そしてこの惨劇を年若きS君が『小説的に』書いた郷土史の一項が記される。
後半は脚本風となる。括弧内のト書きと、人物名とセリフが最終ページまで
続くのである。内容は上記の惨劇の始終と、その後の裁判風景だ。
そして本作が最も、群像の輝き増したるは後半の脚本風小説場面である。
食人の罪で裁かれた唯一の生き残りである船長と、死んだ船員・八蔵と五助、
そして最後まで生きて生死の極限を見た少年・西川。彼ら四人がくりひろげる
遭難小屋での状況描写。そしてその後の裁判での、被告人・船長の描写。
脚本は映像的表現のための材料であるが、本作はあくまでも小説。
小説として、本作を核心部分を表現するため、後半の脚本風描写が功を奏している。
脚本は基本的にほとんどをセリフで表現される。ト書きで動きを示すが、
これらを十二分に表現発揮するのは役者の領分だ(と思っています)。
本作は脚本表現をもちいることで人物から、行為を分離させることに成功している。
船長の犯した食人の罪は、船長のキャラクターやバックボーンとはなんの関係もない。
これは舞台上で表現されたことだけが全てである演劇の、脚本表現によって見事に
表されている。
断罪されうる憎むべき行為が、しかし船長という登場人物に紐付かれずに、
ただそこにあっただけであり、それを私が読んだだけである、という心地よい
距離感のある読み方ができた。
キャラクターに肩入れしないで物語に没入することができるという、
満足する読後感を味わうことが出来た。
それだけで素晴らしい。
<関連作>
by 3G_gi_gei_go
| 2017-02-15 00:00
| 作品紹介(小説)
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